杵築簡易裁判所 昭和33年(サ)154号 決定 1958年11月05日
申立人(仮処分債務者) 小林勇
同 高根ケサ
右両名代理人弁護士 仲武雄
被申立人(仮処分債権者) 荒巻寿正
同 小石岩尾
主文
申立人等の起訴命令申立は却下する。
本申立の費用は申立人等の負担とする。
事実
申立訴訟代理人の本件申立の要旨は、前記仮処分命令につき起訴命令を求め、その理由として、被申立人荒巻寿正は申立人両名及び申立外高根サミの三名を被告として、昭和三三年七月三日大分地方裁判所杵築支部に所有権確認並びに損害賠償請求の訴を提起し、目下同裁判所において昭和三三年(ワ)第二八号事件として審理中である。しかし御庁は右仮処分申請事件につき、民事訴訟法第七五七条のいわゆる本案管轄裁判所なりとの見解の下に決定したものと解する。従つて前記杵築支部に緊属中の訴訟は、右仮処分の本案訴訟とは解せられない。なお被申立人小石岩尾は右仮処分命令後、申立人等に対し何らの訴も提起していない。よつて本申立に及ぶものであるというにある。
理由
民事訴訟法第七四六条……同法第七五六条により仮処分に準用……にいわゆる本案とは、その訴訟物と被保全権利が同一であり、且つ当事者が同一の訴訟であるが、訴訟物の同一性については保全処分の申請の趣旨、原因事実並びにその内容と、本案訴訟の請求の趣旨、原因事実を比較し、その間多少の相違があつても、訴訟経済、債務者の保護などを考慮して一般社会通念により決すべく、又当事者が同一であるかどうかは、保全処分と本案訴訟の目的である実体関係を斟酌することにより決定されるべきものであると解すべきである。
右の解釈にもとづき本件につき、先ず、訴訟物の同一性について考察するに、仮処分申請書によると、杵築市熊野字ハジ山一〇七九番の一四保安林と、同番の一三山林と、同所海岸から字小無田原に至る農道の三者が出合う地点を(イ)点とし、同点から北東微東(角度一一〇度)に一二・五間の地点を(ロ)点とし、同点から北東(角度四度)に五間の地点を(ハ)点とし、同点から北東微北(角度五度)に三・五間の地点を(ニ)点とし、同点から東北東(角度六度)に二六・五間の地点を(ホ)点とし、同点から南南東(角度四五度)に一三間の地点を(ヘ)点とし、同点から西微南(角度八三度)に一八間の地点を(ト)点とし、同点から南西微西(角度二〇度)に六・八間の地点を(チ)点とし、同点から西微南(角度三〇度)に二一間の地点を(リ)点とし、同点から北西に五間の前記(イ)点に至る各地点を結ぶ線内の土地(以下本件土地という)は被申立人荒巻寿正所有の同所同番の一三の山林の一部であつて、先代から引続き管理して来たものであるが、字図上は同所同番の一四の保安林(所有者高根サミ)の一部と誤記されている。そして申立外高根サミの実母である申立人高根ケサは、近時右誤記されている事実を知り、本件土地は高根サミの所有地の一部なりとして、右地上の立木が保安林であるに拘らず勝手に売却し、申立人小林勇において目下伐採中であるので、被申立人は本件土地の所有権確認の訴を提起すべく準備中であるが、立木の伐採、搬出を完了せられると多大の損害を蒙るものであると主張し、本件土地内の立入り、立木の伐採、伐採木の搬出などの禁止を求めたものであるとの事実が認められる。又大分地方裁判所杵築支部昭和三三年(ワ)第二八号事件(本事件は昭和三三年七月九日職権により当裁判所の調停に付せられたもので以下本訴という)の記録によると、被申立人荒巻寿正が原告として、本件土地の立木を他に売却した申立人高根ケサ、その立木を伐採し又は伐採しつつあつた申立人小林勇、及び前記の関係にある申立外高根サミ被告として本件土地が被申立人荒巻寿正をの所有であることの確認並びに本件土地内の立木伐採に因る損害賠償を求むるものであるとの事実を認められる。そうすると右本訴の訴訟物は、本件仮処分の被保全権利と同一であると認められる。
つぎに当事者の同一性について考察するに、本件仮処分申請書及び被申立人二名の審尋の結果によると、被申立人小石岩尾は本件仮処分申請当時、本件土地を立木と共に被申立人荒巻寿正から買受けていたが分筆及び移転登記手続が未了であつたので、急を要する関係から、とりあえず被申立人両名より本件仮処分申請をしたものであるが、現在においては本件土地について何らの権利関係もなくなつたものであることが認められる。このような場合本来の土地所有者のみが訴訟を提起するのは、原告(債権者)等の内部の関係であつて、あたかも共有者の全員が債権者として共有物の所有権を主張して妨害者に対し仮処分の申請を為し、その後一部の共有者のみが原告として訴を提起する場合と同じ態様である。従つて本訴と本件仮処分との当事者は同一であると認めるを相当とし、仮りに被申立人小石岩尾が本案訴訟を提起せず、同人に対する部分の仮処分命令が取消されたものとしても、それは同人が本件仮処分の関係から離脱するのみで、被申立人荒巻寿正の関係においては本件仮処分に何らの影響はなく、結局被申立人小石岩尾に対する起訴命令は何らの意味のないものに帰する。
申立訴訟代理人は、仮処分命令を発した裁判所に提起しない訴訟は民事訴訟法第七四六条にいわゆる本案とは解せられないと主張するが、同条の本案とは前記のとおり訴訟物及び当事者が同一であれば足り、裁判所の異同は問わないものと解すべきである。例えば一〇万円を超える債務を有する者が、本訴提起前に一〇万円を超えない内金債権を保全するため、債務者所有の財産に対し保全処分を申請する場合は、その限度においては所轄簡易裁判所が本案についての管轄権を有するので保全処分命令を発することとなり、その後本訴において債権全額を訴求する場合は、その事物管轄は地方裁判所に属するので、相異なる裁判所において、同一性ある保全処分と本案が審理される結果となるが、このことは立法論としては格別、我国の現行訴訟法としてはやむを得ないところであることからしても明らかである。そして本件仮処分申請書及び前記本訴記録によると、被申立人は本件仮処分申請に際し、本件土地及びその地上立木の価格を金九万五千円と見積り当裁判所に仮処分の申請をしたが、その後被申立人荒巻寿正は前記杵築支部に提起した本訴において、本件土地及び立木の見積り価格を金一五万円、立木伐採に因る損害賠償金を金五万円、合計金二〇万円を訴額としたので、その管轄が前記杵築支部となつたものである。このように短時日の間に相異する価格の見積りをして、裁判所の事物管轄を変更せしめることの当否はともかく、そのこと自体により前記本訴が本件仮処分命令の本案でないと断ずることは前記理由により首肯できない。
以上のとおり本訴は本件仮処分命令の本案訴訟であり、仮りに被申立人小石岩尾のみについて本案でないとしても、同人に対する起訴命令はその利益がないと認めるので、本起訴命令申立は理由がない。よつて申立費用につき民事訴訟法第八九条を適用して主文のとおり決定する。
(裁判官 吉松卯博)